「火村英生の推理」最終回妄想・その2。

 先日アップしたドラマ「火村英生の推理」最終回妄想の続きというかおまけです。補完の補完みたいなものなので、設定は捏造が多いです。
 地の文のアリスの一人称が「私」なのは原作準拠です。
 ちなみにHulu版はまだ見てません。
(続きからどうぞ)


「anoher anchor(あるいは諸星沙奈江に関する一考察)」

「じゃあ、鍋島さんは火村が姿をくらますの知っとったんですか!?」
 私――有栖川有栖は大声を上げた。
 シャングリラ十字軍がらみの事件の後、姿を消していた火村が久し振りに戻って来て、私達と馴染みのある京都府警の人々は久々に一堂に介していた。
「そうなんですよ有栖川さん! 鍋島さん、僕らにも一っっ言も何も言ってくれてなかったんですよ!!」
 坂下刑事も憤慨したように声を上げる。鍋島警部は苦虫を噛み潰したような表情をした。
「火村先生に固く口止めされてたんや。余計な情報が漏れんようにな。それに、はっきりした行き先も教えてはもらえんかったし」
「それでも! なんか言ってくれてもいいじゃないですか!」
 コマチさんこと小野刑事も大仰にため息をつく。
「私達、そんなに信用されてなかったんですね」
孫子の兵法です。敵を欺くにはまず味方からと言うでしょう」
 いけしゃあしゃあと犯罪学者はうそぶいた。
 火村がいなくなっていた間どこで何をしていたかは――恐らく訊いても答えないだろう。ただ、最初からちゃんと帰って来る意志があったことがわかったのは、私にとって幸いだった。


 ――見捨てられたん違うか。


 そんな想いが頭をよぎらなかったかと言うと嘘になる。それが頭の隅をよぎる度に、私は全力でそちらを見ないふりをしていた。しかしこういうものは、見ないふりをすればするほどこびりついて離れないものである。私も決してその例外ではなく。
「それより、諸星沙奈江は? 今どうなっとるんや?」
 嫌な考えを振り払うように、私は尋ねた。
「もちろん生きてる。とある病院の閉鎖病棟でな」
 あれから諸星沙奈江は意識を取り戻したという。しかし、昏睡状態が長かったせいか、毒物の後遺症か、それとも何かの精神的ショックでもあったか、すっかり壊れてしまっているらしい。
 シャングリラ十字軍の指導者としての女王のような彼女はどこへやら、虚ろな眼で一人童謡など口ずさんでいる姿を私は思い浮かべた。


 ――かぁごめ かごめ……


 自らが籠の鳥になってしまった彼女は、今何を思っているのだろうか。
 私が小説を書くように、火村が犯罪者を狩るように、彼女もシャングリラ十字軍ではない新たな繭に閉じこもってしまったのかも知れない。
「だが、見張りを怠ることはできない。いつ正気に戻り、復活しないとも限らないからな」
 籠の中の鳥は、いついつ出やる。
「そうさせん為に、我々も細心の注意を払っています」
 鍋島警部が言った。
「ま、火村ちゃんも帰って来たことやし、パーッとお祝いでもしよや。コマチの仕切りで」
「はぁ!? なんで私!?」
 八十田さんとコマチさんの掛け合いで、京都府警に明るい空気が戻って来る。結局、朱美ちゃんや時絵さんも交え、近いうちにみんなで火村帰還パーティーを行うことが決まった。コマチさんだけは渋い顔をしていたけれど。


 その夜は久しぶりに火村、私、時絵さんの三人で食卓を囲んだ。
 こうやって三人揃ってごはんが食べられる日がまた来るやなんて、感激やわぁ、と繰り返し時絵さんが言い、その度に心配かけました、と火村が謝る。時絵さんが腕によりをかけたおばんざいの数々を食べて飲んで、私達はしばし暖かな時間を過ごした。
 しかし、食事が済んで二人して火村の部屋に引っ込むと、私達の間にはどことなくぎこちない空気が漂って来た。火村もそれは同じらしく、愛猫のモモばかり構っている。
 ソファで膝の上にモモを乗せて撫でている火村の横に、私はどっかりと腰を下ろした。目線は合わせない。
 しばしの沈黙。
「諸星沙奈江は」
 口火を切ったのは私だった。
「カリスマから引きずり降ろされたんかも知れんな。……火村、おまえに」
「どういうことだ、アリス」
 火村もこちらを見ていないだろう。
「諸星沙奈江は、子供の頃から人を思い通りに操ってた言うてたな?」
「ああ」
 あの、ワイングラスを使ったデスゲームの時。諸星がそんなことを言っていたと、火村から聞いた。
「他人を手駒のように操れるいうんは、他人を大事や思ってないいうことや。多分諸星にとって、自分も他人も誰一人大事には思ったことはなかった」
 火村がこちらを見た気配がした。
「誰かを思うことはない、つまり誰のものにもならん。裏返せば、誰にでも彼女を自分のものだと思わせることができる、いうことやろ」
 それが内容の伴わない空っぽな願望であろうとも。諸星はそれを充分にわかっていて、最大限に利用していたのだろう。
「それを複数の人間に同時に思わせることができれば、カリスマになれる。あの女は、それを意図的にやってシャングリラ十字軍を作り上げたんや」
 私は小説家の想像力で、諸星という女をトレースする。火村はそれを、犯罪学者の目で見ている。
「あいつは今まで、手に入れられんもんはなかった。でも、ただ一人、簡単に手に入れられん男に出会った。……おまえや、火村」
 火村の闇も、火村の不安定さも、諸星には見えていた筈だ。最初はいつものように、自分の手の内に落とせると思っていたに違いない。
 だが、火村はなびかなかった。
「何でも手に入れて来た女が、簡単に手に入らん存在に出会うたら、意地でも手に入れようと思う筈や。それがあの女の、おまえへの執着や」
 誰のものでもなかった存在に、執着が生まれてしまったら。それは、「誰かのもの」になったも同然だ。カリスマとしての神通力は、失せてしまうだろう。諸星自身も、心のどこかで感づいていたかも知れない。
「だから、諸星が最後に選んだ手段は、カリスマのままシャングリラを離れ、自分の命を犠牲にしておまえを手に入れることやった。……諸星が壊れてしもうたんは、それでもおまえを手に入れることができんかったからかも知れへんな」
 自らを犠牲にしてまでの執着。それはもしかすると他の言葉で表せるものなのかも知れないが、私は彼女に対してそんな言葉を使うつもりはなかった。
「……誰かへの執着がないことがカリスマの条件なら」
 火村がぽつりと言った。
「俺は最初からカリスマにはなれないな」
 私は火村の方を向いた。
「俺には少なくとも一人、執着している人間がいるから」


 おまえだよ、アリス。


 私を真っ直ぐに見つめ、火村はそう口にした。
 思わず。
 私は火村の胸倉につかみかかっていた。驚いたモモが逃げて行く。
「……せやったら!!」
 ――頭では、わかっているのだ。
「なんでおまえは俺を置いて行った!?」
 ――何故火村が行ってしまったのか。
「俺を一人にすなと、俺はちゃんと言うたよな!?」
 私や、周りの人達を危険に巻き込まない為。それは私にも、わかっているのだ。
 それでも。
 感情はどうしようもなく溢れ出る。
 火村の服の襟元を両手でしっかりとつかみながら、私は火村を睨みつけた。
 火村は。
 黙って、私の頭に手を伸ばした。
 困ったような、慈しむような、静かな表情で、火村はモモにするように私の頭を撫でた。
「……諸星と対峙した時、俺は揺らいでいた」
 バリトンの声が言葉を紡ぐ。
「もう少しで向こう側へ行ってしまいかねない程に。だが、最後の最後に浮かんだのは、アリス、おまえの笑顔だった」
 大学時代、階段教室で出会ったあの時から変わらない、屈託のない笑顔。それが火村の脳裏に浮かんだのだと。
「それが思い浮かんで、俺はおまえという存在の重さを思い知った。……おまえは俺を繋ぎ止めたんだよ、アリス」
 その言葉を聞いて。いつしか、私の眼からは大粒の涙がこぼれていた。
 ……そうか。俺は、俺のおらん所で、おまえを繋ぎ止めることができてたんやなぁ。
 私は、自分が喜んでいるのか、悲しんでいるのか、怒っているのか、もはやわからなくなっていた。全ての感情をない混ぜに、私は火村の服を握りしめたまま、号泣し続けた。


「ヒーローが敵を倒した後、颯爽と去って行くのは何故だと思う?」
「何でや?」
「次に別の敵が現れた時、颯爽と登場する為さ」
「……しょーもな」


 また、君と、笑いあえる。


<完>