呟怖集

一部は一行怪談に改造してます。



  • 「算盤」

不慮の死を経て、地獄で事務のアルバイトをしている。
人の罪の数を、この算盤で数えて精算するのだ。

この仕事をするのは主に殺人の被害者で、加害者が来た時にはこっそり罪を加算するのが慣習になっているという。
さて、私を殺した奴が来るのはいつかな。
(「あの世で算盤を弾く話」の元ネタです)

  • 「ノイズ」

義母は、今日もテレビに向かってブツブツ独り言を言っている。
最近、そのテレビからノイズが聞こえるようになった。義母が独り言を言ってる時だけ。
「ソウダネ」
「ソンナ悪イ奴ハ」
「ヤッチャエバイインダヨ」
今日もノイズに混じって、義母に囁く声がする。

  • 「糸」

綺麗な糸で刺繍をするの。
ちくちくちくと。
そして、しっかりと縫い付けておくの。
あなたの服の、目立たないところに。

私の想いを。
私の念を。

私を裏切ったあなたへの呪いを。

  • 「地図」

町の地図を広げたままにしていると、翌朝その一点に針が刺さっている。
その日、針が刺さっていた場所で火事が起こって住人が亡くなった。

翌日、また別な場所に針が刺さっていた。
その場所で大きな交通事故が起こって、死亡者が出た。

さらに翌日、自宅の場所に針が刺さっていた。

  • 「八重椿」

神社に生えた椿の樹は、神様の樹だと言われていた。
その花は決して落ちず、落ちた時には村の誰かが死ぬという言い伝えがあった。

久しぶりに帰郷した私は、久々に神社を訪れた。
椿の樹を見に行った私の目の前で、花は次々と落ちて行った。

  • 「植物の逆襲」

突然、植物が今までより多くの酸素を吐き出すようになった。
最初はCO2の削減になると喜んでいた人類だが、やがて空気中の酸素濃度はどんどん上がって行った。

人々は酸素中毒となり倒れて行き、至る所で火災が起こった。

それでもなお、地球の酸素濃度はどんどん上がって行く……。

  • 「落ち葉」

落ち葉を踏むがさがさとした足音だけが、誰もいない広場に響く。

それも、一人や二人ではない。 

  • 「草むら」

さっきまで草むらの中でキャンキャン吠えていた犬の鳴き声が、ぱたっと聞こえなくなった。

草むらからは、何か大きいものが動いているような、ざわざわという音が聞こえる。

ああ、次は僕の番か。

  • 「信用できない語り手」

僕は名探偵である彼の助手であり、行動の記録者だ。僕はただ彼の栄光を讃え、維持する為に存在する。
名探偵が間違えることなどあってはならない。

だから僕は、ヤバいと思った時は証拠だって捏造するし、記録だって改竄するし、時には事件も増やしたりする。
全ては彼の為に。
(「名探偵の理由」の元ネタです)

  • 「暗号は犯人を示す、前編」

「つまりこれは前編なんだよ。そしてこの本は作者不明の私家版、ついでに言うと出版社もとうの昔につぶれている」
「では、あの幽霊は……」
「失われた結末が読みたくて仕方がないんだろうね、きっと」

何十年も前の推理小説の結末を知る者は、もうどこにもいない。

サイレンの音と共に降って来るのは、無数の焼夷弾だ。
皆で必死に消火作業をするが、空き家など何軒かは焼け落ちる。
年に一回この日この時、町がかつての空襲の記憶を蘇らせる理由は、まだ誰にもわかってはいない。

町中でサイレンが響き渡る。
僕らは家の中でじっと息を潜めている。
鳴っている間は、外を見ることすら許されない。

窓の外で、ずしずしと腹に響く何か大きなものの足音が聞こえていても。

  • 「廊下」

ここに住むんだったら、一つ注意しておくね。
廊下の一番端に立ってる人と目を合わせちゃいけないよ。
絶対にね。

  • 「飛行機雲」

それは飛行機雲に見えた。

飛行機雲のように長い長い何かが空を横切っているのに気づいた途端、それが方向を変えてこちらに向かって来た。

  • 「屋根」

うちにいらっしゃるお客さんは皆さん、「屋根の上にいるのは何てすか?」と訊いて来られるんですけど、住んでる私達には何も見えないんですよ。

  • 「信号機の押しボタン」

この町の信号機の押しボタンは、県警のマスコットの形をしている。
噂では、マスコットの目を押すと自分の目がつぶれてしまうのだという。

そういえばこの辺りの小学生以上の男子には、片目や盲目の子が多い。

  • 「笑顔」

彼はいつも笑顔を浮かべている。
クラスメイトにいじめを受けても、それを皆に見て見ぬふりをされても静かにニコニコ微笑んでいる。
ある日登校したらクラスは血の海で、その真ん中に彼が立っていた。
思わず近寄ったら、彼は心底嬉しそうに大笑いし始めた。
ああ、やっと仮面を外せたんだね。

  • 「煙突」

煙突の上に悪魔が座っている。
「なんだ、人間の魂でも食らいに来たのか」と声をかけると、
「そんな汚れきってマズいもの、食うわけないだろ」と返されてしまった。
残念ながら、私は悪魔に言い返す術を持たない。

  • 「ザリガニ」

知り合いに、ザリガニが大好きな奴がいた。
もちろん食う方でだ。
水槽に何十匹のザリガニを飼って、いつでも食べられるようにしていた。

奴の死因はわからない。
ただ、見つかった時、奴の死体には無数のザリガニがたかっていたのだという。

  • 「信号機」

夜中の道で、ぽつんとついている信号機が、ぱちりとまばたきをした。

  • 「バス」

なんとなく道行くバスを見てたら、乗っていた客の一人が窓からするっと抜け出して屋根に登って行った。
誰も気づかないのかな、と思っていたら。

「おまえ、見てたな?」

その声は耳元で聞こえた。

  • 「コロコロ」

その部屋に大量の毛が散らばっているのは、いつも満月の次の日だ。
部屋の主はその度にぶつぶつ言いながらコロコロをかけるが、毛が散らばる原因については深く考えてはいない。
最近、この近辺に行方不明者や猟奇的な殺人事件が多い理由も。

  • 「案山子」

この村でわからないことがあれば、あの案山子に訊けよ。
あいつは何でも知ってるから、新月の夜に訊けば答えてくれる。

そう、おまえの秘密も、全部な。

  • 「逢魔が刻」

夜がゆっくりと迫って来る。

またあいつがやって来る。

ほら、あの宵闇の中に。