「ゼロの覚悟」(「名探偵コナン」劇場版より)

 「名探偵コナン ゼロの執行人」の、ちょっと前に書いたこの記事を元にした二次創作です。映画のネタバレの上、自分解釈が思いっきり入っておりますので注意。



「ぬかるなよ、──バーボン」
 確かに、彼はそう言った。

 子供達の操るドローンが、無人探査機「はくちょう」を目指して翔ぶ。積まれているのが実は爆発物だということを、彼らは知らない。
 不正アクセスにより、警視庁を直撃するよう操作された「はくちょう」のサンプル投下カプセル。その軌道をそらし被害を防ぐ為に、公安が緊急に用意したものだ。……違法ではあるのだが。
 これを爆発させるのは、自分でなければならない。降谷零はそう思っていた。この案を考えついたのはコナンだが、実行するのは公安の「ゼロ」である自分でなければ。
 そんな自分を、黒田管理官は「バーボン」と呼んだ。降谷でもゼロでもなく、バーボンと。
 黒田兵衛。警視庁捜査一課の管理官とは表向きで、実の身分は裏の理事官──すなわち、「ゼロ」のトップ。降谷がつかんだ情報は、全て彼の元へ届く。あの組織に直接関わったコナンや赤井秀一達以外で、降谷がバーボンだと知る唯一の人物である。

 数年前。
「やっとコードネームが与えられました」
 降谷の報告に、黒田は片方の眼だけで鋭い視線を送った。
「何と言う名だ?」
「バーボン、です」
 組織のコードネームは酒の名前を冠している。組織に潜入して数年、降谷はめざましい働きで探り屋としての地位を固めた。これで以前よりは、組織の中で動きやすくなるだろう。
「警視庁からも一人、潜っていたな。そちらはどうなった?」
「彼もコードネーム持ちになりました。あいつはスコッチという名です」
 警視庁公安部の彼は身分としては自分の部下という形になるが、気心の知れた昔からの馴染みだ。今回二人がコードネームを与えられたのも、二人での協力体制があったのも大きい。
「どちらもウイスキーか」
 黒田は呟いた。
「……判っているだろうが、降谷。もしも下手を打った場合、”降谷零”の存在は抹消される」
「──覚悟の上です」
 降谷は答えた。黒田の今の言葉。それは降谷個人の命がなくなるだけではなく、「降谷零」という男がこの国に存在したという記録の一切が消されるという意味だ。
 この国を愛し守る為に、この国から跡形もなく消えねばならない場合もある。後に残るのは、非合法組織の一員としての“バーボン”だけだ。警察官ではなく、一介の犯罪者として死ななければならない。その覚悟は、組織に潜った時に終えている。
 この国をおびやかす敵を、内部から食い破る為に。

(──つまり、バーボンとして死ねということだ)
 もしもこの計画が失敗に終われば、サンプルカプセルは警視庁を直撃する。ここにいる自分達は確実に死ぬことになるし、周辺への被害も絶大だろう。ドローンに積んだ爆発物の出処も探られるかも知れない。公安の違法作業を公にすることは出来ない。
 その責任を取るのが、バーボンという存在だ。もとより非合法組織の一員が、混乱に乗じてテロを起こしても不自然ではない。降谷零の存在はなくなり、ここで死んだ男はテロの元凶のバーボンとして処理される。被疑者死亡で終わりだ。少なくとも黒田には、そういう心算があるに違いない。
 そう、スコッチも本名で葬られることはついになかった。自分達はそういう道を選んだ。そこに後悔などない。
(だが、失敗するつもりもない)
 何故なら。
 降谷は、横にいる小さな協力者の気配をうかがった。
 毛利小五郎を冤罪に落としてまで協力者に引き入れたこの少年を、ここで死なせるわけにはいかない。大人顔負けの能力を持つこの恐るべき子供は、確実にあの組織に突き立てる刃の一つになる存在だし、この先この国を守る存在にだってなるだろう。
 彼だけではない。このドローンを操縦している子供達も、この国の未来への礎だ。
(君は僕が守るよ、コナン君)
 公安捜査官と協力者は信頼でのみつながる。彼を死なせないことは、彼を協力者とした自分の責任だ。
 ドローンが目標へ接近する。
 操作画面からタイミングをはかる。
 照準が一致する。
 降谷零は、スイッチを押した。


(追記)
 この後、RX-7が大活躍します(笑)。